”どうしよう、どうしよう・・・・・!”

アスカは無我夢中で走った。

肺が破裂しそうだ。

それでもアスカは走ることをやめなかった。

とにかく、誰かを探さなければならない。

シンジを助ける為に。







最後に見たシンジの姿が、瞼の裏に焼き付いている。

自分を逃がす為に男達に飛び掛かっていったシンジの姿。

その後、彼はどうなったのだろう。

振り向かなかったアスカには分からない。





”馬鹿だわ・・・・・・あいつ!・・・・・ほんとに馬鹿よ!”

アスカは心の中で何度も呟く。








どれくらい走ったのだろう、見当がつかない。

走り続けていた体が苦痛を訴え始めた。

空気が肺に入ってこない。

足が縺れ、蹌踉けたが、かろうじて体勢を保つ。

遂にアスカは、走ることをやめた。

身をかがめ乱暴な呼吸で、酸素を体に送り込んだ。

疲労と興奮で、膝が震えている。

落着くまでには、暫くの時間を必要とした。





呼吸を整えながら辺りを見回し、アスカは気付く。

「・・・・・・はぁ、はぁ....はぁ・・・こっ・・・ここは、」

この通りには見覚えがある。

アスカは、大きく空気を吸い込むと再び走りだした。

この先にはトウジが住んでいるはずだ。

似たような建物が並ぶその通りを、僅かな記憶を頼りに

アスカはトウジの家を探す。

彼なら、きっと何とかしてくれる。

アスカはそれを信じて走った。

崩れかけた建物の扉は、どれもぴったりと閉じられていた。

気が付くと、街はすっかり闇に包まれている。

けれど怖くはなかった。

闇に怖じるよりも、自分にはしなければならないことがある。

自分の引き起こしてしまったことは、闇よりも重く

心にのし掛かった。










「あったわ!」

微かな希望がアスカの心を楽にする。

やっとの思いで目的の扉を見つけたアスカは、夢中で其の扉を叩いた。

「トウジ!トウジ!開けて!ねぇ!開けてよ!

ちょっとぉ!!いるんでしょ!

お願いよ!早く!早く出て来てっ!トウジ!!!聞こえないの?!」

中からの返事はない。

扉に耳を押し付け、中の様子を窺ってみる。

何の物音も聞こえない。

アスカは更に激しく扉を叩く。

拳が痛い。

それでもアスカはトウジを呼び続けた。

「お願い!トウジ!トウジったら!どうして開けてくれないのよ!

ばかトウジ!役立たず!!」

アスカは腹立ち紛れに、扉を蹴飛ばした。

けれど、堅く閉じられた扉はびくともせず、誰も出てくる

気配は感じられなかった。

「どうしていないのよぉ・・・・

早くしないと、シンジが・・・シンジが・・・・」

アスカはずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

深くうな垂れ、じっと地面を見詰める。

もう他に頼れる人間は思い付かない。

ここでは何も当てにならず、自分はこんなにも無力だ。

アスカの視界がぼやけ、みるみる滲んでゆく。

「・・・・・どうしてなの・・・・・」










「なんや、アスカひとんちの前で?」

「!トウジ!!」

アスカは弾かれたように顔をあげた。










********






それは不思議な光景だった。



そこに立っているのは、年齢も背格好も自分と

そう変わらないような少年。

そして、三人の男達は明らかに脅えていた。





誰に?







そう、彼にだ。







少年の顔には酷薄な笑みが浮かぶ。

整い過ぎるほどに整ったその顔。

それがかえって、彼の浮かべる笑みに凄みを増した。

圧倒的な威圧感。

「僕の言葉が聞こえなかったのかい?」

少年が再び口を開く。







シンジの体からふと重みが去り、

男が蹌踉けるように立ち上がった。

他の男達も少年の顔を見つめたまま、息を飲んで後ずさる。

さっきまでの態度が嘘のようだ。

少年はただそこに立っている、というだけだというのに

男達は何か恐ろしいものから逃げだすように

慌てて闇の中に姿を消していった。

シンジはその様子を、唯、呆然と見詰めるだけだった。







「大丈夫かい?」

少年がシンジに近寄ってくる。

ゆっくりと上体を起こしながら、シンジは少年の顔を見詰めた。

さっきまでの雰囲気とはまるで違う。

あの凍り付くような笑みは、既に無い。

まるで別人のようだ。

一瞬にしてその表情を変えた少年に、シンジは戸惑う。

「・・・・・あ、・・・助けてくれてありがとう・・・・」

「まだ・・・・助かったかどうかはわからないよ・・・・・」

少年はさらりと言う。

「え・・・・・?」

シンジは表情を曇らせた。

確かにそうだ。

少年が自分を助けた真意も、はっきりしていない。

彼が自分の味方かどうかは、まだ分からないのだ。

シンジは再び緊張する。

「・・・・・嘘だよ、そんな顔しなくても大丈夫、安心して構わないよ、」

少年は鮮やかに微笑んだ。

「酷く殴られたね・・・・・痛むかい?」

少年がシンジの顔に手を延ばす。

ひやりとした感触が、口の端にある。

少年の指が、傷に触れている。

白く、長い指。

自分を覗き込む不思議な色の瞳。

鉱物の色だ。

たとえば、スピネル。

「だ・・・大丈夫・・・」

シンジは急いで立ち上がった。

引き千切られた服は、だらしなく垂れ下がり、

背中は泥だらけになっていた。

出血で口内が不快だったシンジは、血混じりの

唾を吐きだす。

「・・・・・・情けないな・・・・・・・」

ぽつりとシンジは呟いた。

自分を助けた目の前の美しい少年に比べ、余りにも惨めな姿だ。

「どうして?君は助かったんだよ?」

「・・・・・自分で自分も守れないんだ・・・・・

情けないよ・・・・」

「おかしなことをいうね、無事に生きているのに

それ以上何を望むんだい?」

少年は不思議そうにシンジを覗き込んだ。

「・・・・・・・そうだね・・・・・・

とにかく、助けてくれてありがとう・・・」










The Next・・・・・